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八王子絹の道◆鑓水商人の足跡を辿る生糸貿易繁栄の舞台

群馬県にある富岡製糸場が世界文化遺産に選定され、絹の歴史に注目が集まっている昨今ですが、多摩丘陵が広がる八王子市鑓水(やりみず)という地にも、かつて養蚕・製糸業で栄えた歴史があります。当時、八王子は生糸の一大集積地であり、桑都と呼ばれ、地元産だけでなく、山梨、群馬、長野などからも集まり、繁栄の賑わいを見せたそうです。特に鑓水村には、鑓水商人と呼ばれた商才に長けた人々がいて、文明開化の夜明け、1859(安政6)年の横浜開港をきっかけに、この地で生産された生糸は、絹の道を通じて横浜へ運ばれ、彼らは鑓水と世界を仲買する役割を担いました。そんなことから、鑓水は江戸鑓水と呼ばれたそうです。

浜街道とも呼ばれた絹の道は、関東周辺から集められた生糸を横浜港へ運ぶために作られたシルクロードだったのです。輸出の花形商品であった生糸の貿易に成功し、富を得た鑓水商人たちですが、栄枯盛衰の宿命を受けます。大問屋の台頭、また国策で輸出されるようになると、鑓水商人たちの商売の機会と利益は乏しくなり、やがては活路を見出せないまま没落していきました。桜のように一瞬に咲き、散っていく運命を辿った鑓水商人は、歴史の表舞台から姿を消しました。そんな歴史ドラマが刻まれた街道を中心に、今回は以下のルートを歩きました。秋の深まる山里と現代の宅地化が進むエリアが交錯した秋晴れの風景をご紹介します。

<ルート>
京王線長沼駅→都立長沼公園→野猿峠→八王子市絹が丘→西武北野台団地→大塚山・道了堂跡→<絹の道>→絹の道資料館→小泉屋敷→都立小山内裏公園→京王相模原線多摩境駅

絹の道までは、鉄道の最寄り駅から距離があります。今回は、京王線長沼駅から歩くルートを選びました。他には、JR横浜線片倉駅から徒歩orバス、JR八王子駅からバスで向かうルートもあります。京王線長沼駅の南側に鬱蒼とした雑木林の森があります。そこは、多摩丘陵自然公園の一部である都立長沼公園。駅から歩くこと約5分。長沼口という入口に着きました。

ここから、霜降の道と呼ばれる山道を15分程登って行きます。


ひたすら登ってくると、「野猿の尾根道」と呼ばれる尾根道に出ました。この後向かう野猿峠から平山城址公園まで続く、東西に伸びる尾根道です。


近くに展望園地があり、眼下に広がる浅川、日野市、八王子市の絶景が望めます。快晴なら奥多摩、さらに秩父の山々も見渡せます。




尾根道の進路を西に採り、野猿峠へ向かう途中、「峠の小さな美術館」という美術館がありました。


尾根道の傍らに、ひっそりとした古民家風の隠れ家が出現。


「鎌田鳥山」という鳥料理のお店だそうです。ネットで調べると、鳥料理を中心としたメニューで美味しそうです。


尾根の終点、野猿峠口に到着。ここからも絶景が望めます。


長沼公園・野猿の尾根道を後にして、東京都水道局絹ヶ丘給水所を通り、野猿街道の野猿峠を越えると、八王子市絹が丘という地名の住宅地に入ります。絹(シルク)に所縁のある地名ですね。


絹ヶ丘の住宅地から、正面に富士山が見えました。


絹が丘を過ぎると、中山白山神社があります。平安時代末期の経筒(東京都指定有形文化財)が出土したそうです。


白山神社を過ぎると、西武北野台団地の住宅地に入ります。住所は八王子市北野台。1970年代~90年代に西武グループが開発した大型分譲地。道沿いには、満開の皇帝ダリアが見事に咲いていました。




左手の崖下には谷戸の風景が広がっています。


そして、北野台団地の南西の一画に急な階段が出現。ここが大塚山、そして絹の道への入り口です。最寄りは、京王バス・北野台3丁目バス停。JR八王子駅や片倉駅からバスが出ています。


階段の途中から見える西武北野台団地


階段を登り、山道を少し歩くと、大塚山公園・道了堂跡に着きます。影になって見えにくいですが、「絹の道」と書かれている石碑があります。


頂上の道了堂跡へ続く階段


頂上にある道了堂跡。1873(明治6)年に渡辺大淳が生糸商人とともに、八王子市鑓水にある永泉寺の別院として移築。賑わいを見せた時代もあったそうですが、鑓水商人衰退後に廃寺。1990(平成2)年に、この跡地が大塚山公園となったそうです。


すぐ横から富士山が望めます。


大塚山公園を更に奥へ進むと視界が開け、絶景の展望が望めます。ここが鑓水峠です。


八王子市街、奥多摩や秩父の山々の風景が広がります。






そして、ここから進路を南に変え、絹の道(シルクロード)の面影が残る区間のスタートです。文化庁選定「歴史の道百選」にも選ばれた未舗装の道。時代をタイムスリップしたかのような空間です。ちなみに絹の道と名が付いたのは、昭和20年代後半だそうです。


薄暗い道でも、木々の隙間から木漏れ日が差し込みます。






山道を抜けると、絹の道の案内板がありました。


そこから歩くこと数分。絹の道資料館に着きました。




展示室内の様子です。絹の道や鑓水商人、さらに日本の生糸産業についての歴史が学べます。


絹の道資料館周辺の長閑な里山の風景。絹の道は、この先、大栗川に架かる御殿橋までが史跡指定の区間です。




大栗川の御殿橋を超えた先、歩いて来た大塚山、絹の道、絹の道資料館方面の風景を見る。


その先、かつて養蚕農家だった小泉家屋敷(東京都指定有形民俗文化財)があります。


貴重な茅葺の建物です。


屋根に青鷺が羽を休めていました。


時間の都合で立ち寄りませんでしたが、近くには鑓水商人に関連のある、永泉寺や諏訪神社があります。小泉屋敷を過ぎ、鑓水中学校付近から先は、絹の道の跡が緑道として整備されています。




周囲の景観は現代に。ここはもう多摩ニュータウン。






都立小山内裏公園に着きました。ここで絹の道跡は、町田方面へ続きますが、今回はここでお別れ。小山内裏公園経由でゴールの多摩境駅へ向かいます。


都立小山内裏公園は、かつての戦車道路・浜見場を整備して公園になりました。戦車道路は、第二次世界大戦時、相模原陸軍の戦車試運転占用道路で、浜見場とは、横浜が見えたことから付いた名だそうです。


公園内の崖上から相模原方面の風景が望めます。


秋に染まっていく園内。


公園南西の崖線が多摩丘陵の末端です。


いよいよゴール。多摩境駅へ続く崖の道を下ります。


多摩境駅は半地下形式の駅で、新宿方面は小山内裏公園を貫通する形でトンネルが掘られています。




秋晴れの晴天に恵まれましたが、桜や新緑の季節も歩く価値はあると思います。今回のルートは喧騒がなく、ゆったりした時間が過ごせます。ただ、途中にコンビニがなく、トイレも絹の道資料館しかありませんので注意してください。

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